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一つの馬小屋から始まる命もあれば、一つのガレージから始まる企業もある。ガラクタの集積の中だからこそ見出せる価値がある。
2026/07
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即物的な何かというよりは、むしろ、それを視覚する人にとってそれぞれ思うところのあるモノが好きだ。
一つの事実に値するオプションを突きつけられるよりは、たくさんの可能性を孕んだモノが好きだ。
冒険家にとって一本道ほど退屈なことはない。



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F
なんか今すごい感覚が繊細になってるというか、研ぎ澄まされている気がする。
逡巡することは人を大きくする。

考え事をしているとき、背筋が冷やっとすることがある。
もしくは、心臓が突然高鳴ったりもする。
以前までは、何か突拍子もないことを考えつく予兆なのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
結論として、それは興味深い考えを思いつき逃したときの動揺であった。
心臓が大きく鼓動した次には、俳優の名前が思い出せないのにも似た、気持ち悪さがある。
そういったときは、逃した魚は大きく感じるが、突き詰めて考えることはせず、ゆっくりと次の機会に向けて備えるだけでよいのだ。
告知
ついに、ブログの理念と表題が決まりました。
しばらくは、これでいく予定であります。
春休みのノルマを決めます。 プラチカ 全問完成 青チャート 全問完成 ネクステ 全文法語法理解 単語王 9割の完成を目指す ある程度の進んできたら セミナー化学 全問完成 物理はやらない そして、条件を設定 極力家でやる 毎日の進行具合を視覚化する 家でやることの意義は精神面での強化も兼ねる。 生産性はないかもしれない。
さっき、はっとなったことを一つ。
まだ、まとまった考えではないことは承知の上で。

個人的には、教師に、はいはい、ということが多かった。
疑問に思うことがあっても、はいはい、と言っていた。
自分が言うのも心地が悪いが、結果的には、担任からはある程度の信頼を得ていた(はず)。
しかし、これが善かと考えてみると、善ではない。
(これは、素行の悪さとか、権威への反抗だとかを肯定しているわけではない!)
教師には教師の見解があり、生徒には生徒の見解がある。
指導者と従事者(あくまでも実務的意味)の異なる視点がある。
そういったときに、それらの交錯は不可避である。
ただ、思えらく、現在の教育現場において、教師への疑問の提示はタブーと「見なされ」、暗黙の了解を「強制され」、それに従う生徒は、あたかも優等生とされる。
(もう一度言うが、これは教師への嫌悪や、反抗心を表しているわけではない!)
小、中、高と経るにつれて、現在の教育は、徐々に従順な奴隷を仕立てあげていく。
良識を心のうちに潜め、上からの不暴利な言いつけにも従うしかない。
議論をけしかけることは死を意味し、上からは反逆者として扱われ「問題児」のレッテルをペタペタと貼られる。

少し一方通行な意見であったが、現在の教育現場、過程に憤懣としていることは確かである。
何というか、今、教師をしている人々は、このペコペコ奴隷戦法で成りあがっていった人たちとしか思えないうえに、そういった人種で教師になろうとしている友人がいることが痛ましい。

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maropo916
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1992/11/23
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自己紹介:
浪人生。
日本北部に生息し
日夜学問の探求に励んでいる。
どうやら趣味の落書きは続いているらしい。
そんな1/2学生の日記。
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