一つの馬小屋から始まる命もあれば、一つのガレージから始まる企業もある。ガラクタの集積の中だからこそ見出せる価値がある。
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息つく暇もない。
あっという間のようで、ちょっと、長い。
明日には明日の風が吹くといい!
あっという間のようで、ちょっと、長い。
明日には明日の風が吹くといい!
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ライフハック的なもので初めて実用的だと思ったのが、気乗りしない仕事も妄想すればできるようになる、みたいなやつ。
具体的にいう。
部屋の掃除面倒くさいなあ、って考えている。
そうしたときに、部屋の掃除をすることで雑誌に載ってる部屋になってるところを想像する。
たったこれだけが地味に効いてくる。
具体的にいう。
部屋の掃除面倒くさいなあ、って考えている。
そうしたときに、部屋の掃除をすることで雑誌に載ってる部屋になってるところを想像する。
たったこれだけが地味に効いてくる。
胸がムカムカする。
すごい感傷的になっている。
センチというやつである。
それはそうと、旭川を離れる日が近づいてきた。
昨今話題になっている震災の話を聞いていて、原発近くの避難勧告圏内にいる人々がその場から離れない気持ちが最近まではわからなかった。
だけど、思いは違えど何となくわかる気がしてきた。
彼らは彼らで土着心や愛郷心があるのかもしれない。
僕はどちらかというと先を見越したノスタルジーというか、お盆近くになったら旭川に帰りたくなるだろうなあ、という変わった気持ちがキュッとさせる。
とはいっても、内地へ行くわけじゃあるまい、電車一本で帰れる訳だから特に気を憂うことはないのかもしれないけど。
ただ、自分が足踏みをしている(とは思いたくはないけど)、その間にみんなに差をつけられてしまうのが少し嫌だ。
元を辿れば自分の努力不足なのだが、年を取るにつれて感性が鈍っていくと思うと、悲しすぎて、嗚咽混じりに泣きじゃくりたいくらいだ。
それと同じくして、一歩一歩地面を踏み固めて進歩できることには感謝している。
なにせ、この一年をすっ飛ばして北大に入っていたら、一般教養の基礎すらできていなかったわけだからだ。
だいぶ昔から喉に支えていたことがやっと言える。
本当に何となく大学進学をしなくてよかったと思う。
大学に入れば個人の能力次第さ!も言いたいことはわかる。
しかし、落ちるべくして落ちたものが、俗に言う滑り止めで止まっていいのか。
個人の能力の未成熟である。
基礎を怠った努力は空回りである。
だいぶ話がそれた。
とりあえず、いまの気分は
こんな感じだ。
すごい感傷的になっている。
センチというやつである。
それはそうと、旭川を離れる日が近づいてきた。
昨今話題になっている震災の話を聞いていて、原発近くの避難勧告圏内にいる人々がその場から離れない気持ちが最近まではわからなかった。
だけど、思いは違えど何となくわかる気がしてきた。
彼らは彼らで土着心や愛郷心があるのかもしれない。
僕はどちらかというと先を見越したノスタルジーというか、お盆近くになったら旭川に帰りたくなるだろうなあ、という変わった気持ちがキュッとさせる。
とはいっても、内地へ行くわけじゃあるまい、電車一本で帰れる訳だから特に気を憂うことはないのかもしれないけど。
ただ、自分が足踏みをしている(とは思いたくはないけど)、その間にみんなに差をつけられてしまうのが少し嫌だ。
元を辿れば自分の努力不足なのだが、年を取るにつれて感性が鈍っていくと思うと、悲しすぎて、嗚咽混じりに泣きじゃくりたいくらいだ。
それと同じくして、一歩一歩地面を踏み固めて進歩できることには感謝している。
なにせ、この一年をすっ飛ばして北大に入っていたら、一般教養の基礎すらできていなかったわけだからだ。
だいぶ昔から喉に支えていたことがやっと言える。
本当に何となく大学進学をしなくてよかったと思う。
大学に入れば個人の能力次第さ!も言いたいことはわかる。
しかし、落ちるべくして落ちたものが、俗に言う滑り止めで止まっていいのか。
個人の能力の未成熟である。
基礎を怠った努力は空回りである。
だいぶ話がそれた。
とりあえず、いまの気分は
こんな感じだ。
数学はひもくじみたいなもんだ。
いわゆる公式や定石は、数学的思考の根底にあるだけであり、本来の数学は数論のような証明や、たくさんの着想の仕方に面白さがある。
それには、ひらめきが欠かせない。
数数のひもの中から当たりを見つける作業だ。
何回も水鉄砲や紙でできたライトセーバーを引き続けることは不可避である。何十回目かから、ある規則性が見えてきて、そのまた何十回目かで、やっと待望のゲーム機を手に入れられる。
これは、実験→観察→結果(ここでは発想)とまったく変わらない。
だから、一言でひらめきといってもそのひらめきにはたくさんのお膳立てがあって成り立つ。
それが、考えることなんだ。
いわゆる公式や定石は、数学的思考の根底にあるだけであり、本来の数学は数論のような証明や、たくさんの着想の仕方に面白さがある。
それには、ひらめきが欠かせない。
数数のひもの中から当たりを見つける作業だ。
何回も水鉄砲や紙でできたライトセーバーを引き続けることは不可避である。何十回目かから、ある規則性が見えてきて、そのまた何十回目かで、やっと待望のゲーム機を手に入れられる。
これは、実験→観察→結果(ここでは発想)とまったく変わらない。
だから、一言でひらめきといってもそのひらめきにはたくさんのお膳立てがあって成り立つ。
それが、考えることなんだ。
正直者は、最終的には必ず報われると思っている。
どんな調査をしたわけでもないが、僕はそう信じている。
ある種の強迫観念でもある。
しかし、心に正直なあまり嫌なことを避けてはならない。
「テスト!休んじゃえ!自分に正直にならなきゃ!」
いくら心と体に正直であろうとも、時には立ち向かい、努力する必要がある。
自分の心に正直過ぎて、悪路を避けていくばかりだと、それにはそれ相応のゴールが待っている。
適度な負荷をかけつつも、清廉潔白であることが本当の正直者だと思う。
どんな調査をしたわけでもないが、僕はそう信じている。
ある種の強迫観念でもある。
しかし、心に正直なあまり嫌なことを避けてはならない。
「テスト!休んじゃえ!自分に正直にならなきゃ!」
いくら心と体に正直であろうとも、時には立ち向かい、努力する必要がある。
自分の心に正直過ぎて、悪路を避けていくばかりだと、それにはそれ相応のゴールが待っている。
適度な負荷をかけつつも、清廉潔白であることが本当の正直者だと思う。
プロフィール
HN:
maropo916
年齢:
33
性別:
男性
誕生日:
1992/11/23
職業:
アクセス一年生
趣味:
落書き
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